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沖縄修行にて
おたくさの練習が火・木に‥。
火曜は毎週、木曜は隔週で当直なので、2週間に1回しか練習に行けなくなるのか‥。
再び水、金練習になるのを願う今日この頃である。


沖縄に行ってきました。
とりあえず、写真のみ。
みんな島、こうり島はおススメです。
Oシロさんありがとうございました。
各自のトレーニング風景です。


oki1


oki2



okirun1


okirun2


okirun3


okirun4


【2008/07/08 01:34】 | 徒然なる日記 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
韓国より
とりあえず、報告のみ。

韓国への被爆者健康調査のさなか、狂牛病の抗議デモが滞在先のソウルで過激化し、大渋滞のため空港へのバスが遅れ、最終の飛行機にも乗り遅れ、やむを得ず延泊することとなりました。

ということで、心配する人間がいると困るので、一応無事であることは掲載しておきます。

この下に、おたくさクラブのHPに乗せた文も載せておくことにします。





被爆者健康調査のため、22日から韓国に行っていました西原です。
さて、いきなり本題ですが・・・。

本来なら28日に帰国し、29日の試合は参上する予定にしていました。

が、しかし。韓国の狂牛病デモによる大渋滞で空港へのバスがかなり遅れてしまい、予定していた最終の飛行機に乗れませんでした。当然観光も制限されました。

ということで、ソウルにもう一泊し、29日は朝一番の飛行機でソウルから福岡に着き、電車で長崎まで戻る予定です。

掲示板を見たら試合が唐津という遠い土地であることを見て愕然としました。
計算上で最短でも長崎に着くのが午後1時前になるので、試合には確実に間に合わないようです。

試合に行けず申し訳ありません。恨むなら韓国国民を挑発したアメリカを恨んでください。

ちなみにソウル市内は超厳戒態勢で、そこらの細い道にも警官と白バイが配置されていました。特に市庁前などの主要な幹線道路はおびただしい警官と警察の護送車で封鎖されており、人っ子一人通る隙間もないくらいの異様な雰囲気です。
【2008/06/29 01:14】 | 徒然なる日記 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
ひさしぶりなので、羅列でいきたいと思います。



「韓国こころの健康調査団」として明日から韓国へ行ってきます。

初韓国なので緊張です。

ハングルの本とソウルのガイド本を持っていって、韓国について勉強するつもりです。

今のところ、
「アンニョンハセヨ」
「〜ハムニダ」
「オジャパメン」
「マウヤケソ」(意味は知らない)
「マシッソヨ」(ほか弁のカルビ丼に書いてあった)
「ヨンウォニー」(「永遠に」の意。冬ソナ2の大当たりの音)
「モムチャン」
くらいしか知らんので、あと15個は欲しいとこです。

まあ、終日病院の中らしいので、観光もできないようです‥。


28日に帰国した翌日には、おたくさとオール佐賀の練習試合があるので、韓国でもせめて腕立てとスクワットくらいはしとこうと思います。



ところで。今日は精神科の同門会と医学部ラグビー部のOB戦がブッキングしていたので、OB戦は遠慮しました。
ただ、人数が足りなければ前半くらい出ようかと思って一応グラウンドに行ったら、久しぶりの大盛況。
遅れて行ったら、出るポジションもありませんでした。

まあ、いつもと比べたら、うれしい悲鳴といいましょうか。何より今年は医学部ラグビー部も新入部員がたくさん入ったようで、喜ばしいことでした。自分が着替えている脇を新入生のハーフが挨拶もせずに素通りしたので、こいつだけにはタックルしようと密かに燃えていましたが、結局出る幕もなかったので少し残念でした。

先輩方や後輩もみんな元気そうでなによりでした。

後輩の西医体での奮闘も期待しています。

6月21日ジャパン観戦1

6月8日のジャパン観戦にて。お世話になりました。

japan2
【2008/06/21 22:16】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
ツール・ド・国東
5月3日、大分であったツール・ド・国東に行ってきました。

ラグビーの脚力アップも兼ねて始めた自転車ですが、想像以上に楽しかったです。

メンバーは県立の先輩(ナース)2人、市職の方、県職の方です。市職の方はバイクのセミプロ、県職の方はフルマラソン3時間ちょっとの強者です。

2日午後に出発し、別府の山中にある秘湯に行き、その後3900円のホテルに宿泊。安くてうまい焼き鳥屋に行き、11時前には就寝。翌3日の朝5時に起床(4時前には早朝覚醒してましたが‥)、6時にホテルを出発し、9時半にスタート。コースは短めの60kmコース(実際は70kmくらいはあったようです)でした。
(時間は後日表記予定。最後の十数kmはちゃんと走り、平均25km/hくらいだったかと思います)

帰りも秘湯に行き、飲み屋の50代のママ(らしき人物)と遭遇。堂々と全裸で入浴していましたが、隣に怖そうなおっちゃんもいて、必死に顔をそむけました。高速道路で帰り、10時過ぎくらいに大村に到着しました。


レースの方ですが。自分は初心者ですし、先輩の一人が膝を悪くしていることもあり、半分以上はゆっくりペースにしてもらいました。ただ前日の居酒屋で「上り坂で足をつかないように」と真顔で言われていたので、前半の坂道は緊張しました。



国東会場2

山ほど自転車が置いてありました。


kunisaki 会場

前の職場の先輩達と。


‥で、今日はメンテナンスの途中、タイヤの空気を入れすぎたのか、両輪ともパンクさせてしまいました。
レース前じゃなくてよかった‥と思いつつも、少しブルーでした。
【2008/05/04 21:53】 | ロードレーサー | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
全日本選手権
柔道の全日本選手権が日本武道館で行われた。

当直中だったので病院で観ていたが、途中涙が止まらなかった。



井上康生の敗戦である。彼は最後に内股をくりだし、高井に内股すかしを決められ、敗北した。

ここしばらくの井上は、試合途中から攻める姿勢に欠けるようになっていた。彼の父も「不調の原因は精神面にある」と言っていたように、何も技を出せずに敗北することも多かった。もちろん年齢もあるし、大選手だから研究もされつくしている。「仕掛けて大負けするよりは…」という見栄もあったかもしれない。


しかし、今日の彼は違っていた。消耗しきって体も思うように動かない状況の中、井上は技を出した。それも、第一の得意技である内股を。相手が返し技を狙っていることがわかっているにも関わらず!…そして井上は敗れた。


敗北の中、深々と礼をした後の井上の表情は実に穏やかだった。
井上自身が「今回の大会は自分の柔道の集大成」と語っているように、彼自身、これが最後という潮時をひしと感じていたのかもしれない。
そして、井上の父が目を潤ませて言った、「最後まで闘う姿勢を見せてくれた。私は満足です」と。
これを聞き、井上とその父親の気概を見せつけられた感嘆によって、涙が止まらなくなってしまった。



   敷島の大和心を人問わば、朝日に匂う山桜花


本居宣長の歌である。美しく咲き誇った桜は、芳しい香りまでも人の心に焼きつけてさわやかに、潔く散っていく。この歌の中で桜と重ね合わせられたものこそ大和の魂なのだ。
国学者であった宣長は、日本の重要な理念の一つとして、「もののあはれ」を提唱した。事象とめぐりあうときのしみじみとした情趣。
哀しみなどの感情を表す「あわれ(哀れ)」という言葉と同様、「あっぱれ」という賞賛の言葉も、同じ「あはれ」という感動詞から派生したものだそうだ。


桜というには長すぎたかもしれないが、29歳(ちょうど自分と同じ年齢です)まで怪我やプレッシャーと戦い抜いてきた男が、自らの最も得意とする技に賭けた様は、実に見事だった。負けてしまったことは悲しいけれど、それ以上に日本の心「あはれ」に相応しい最後だったと思う。

自分が高校に入って柔道を始め、最初に読んだ「近代柔道」の表紙が当時無敵を誇っていた井上康生だった。今、一つの時代が本当に終わった気がして、少し寂しい気持ちになった。



…長文御免。当直がんばります。…
【2008/04/29 18:25】 | 未分類 | トラックバック(0) | コメント(1) | page top↑
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